2018年10月25日木曜日

現地調査報告(2018/10/18~10/21@水上,10/20 野外調査2日目)


   現地調査二日目は、実習所から車で1時間ほどの距離にある田代湿原周辺で行った。この湿原は、標高1600mほどの所にある。演習林は650~985mだから、一気に山道を駆け上がることになる。今紅葉が最も美しいのは、標高1000m~1200mくらい。残念ながら目的地周辺では葉を落としてしまっていた。
一部に色づいた葉も残るが,最盛期は過ぎていた
田代湿原周辺の様子
    田代湿原周辺も、私が日大に移ってから毎年訪れ、卒業研究や修士研究の調査地にしてきた。この周辺の森林は、豪雪地帯に発達する典型的な日本海側のブナ林で、どのシーズンに訪れてもとにかく美しい。林床には、背丈よりも高いチシマザサにおおわれていて歩きにくいことこの上ないが、それを上回る魅力ある自然が広がっている。学生たちと一緒に作業をしていて純粋に楽しい・気持ちいいのは、間違いなくこの調査地だ。晴れた日は、湿原から武尊山(2158m)の山頂を一望できる。

 正直なところ、この調査地には「これを明らかにしたい」という明確な問いがあるわけではない。一方で、「色んな動物を様々な角度から研究できる余地がある」と言う点で、人数ばかりがやたらと多い我々の大学・研究室にとってはありがたいサイトである。これまでの卒業研究の対象も、ツキノワグマやニホンジカ、ニホンノウサギなど多岐にわたる。ここ数年は、虫班の院生(元院生?)のY君も協力してくれて、哺乳類に限らない生物を対象にできるようにもなってきた。
ヒガラ

ヤマドリ.なぜか5,6羽の群れで移動していた.

 Y君が協力してくれているのは、ブナなどの大木に形成される樹洞に注目した研究だ。湿原周辺はブナの大木が数多くあり、強風などによる枝折れや動物による樹皮剥ぎがきっかけとなって形成された樹洞(木のほら)を多数見つけることができる。樹洞は、温度や湿度条件が安定していることもあり、様々な生物によって利用される特異な環境である。樹洞に集まった生物たちは、活発な相互作用を示すらしいことも分かってきている。言ってみれば、樹洞は生物多様性のミニ・ホットスポットなのだ。





 今回の調査では、比較的大きめの樹洞に自動撮影カメラの温度センサー付きのデータロガーを設置した。昨年度やってみたところ、なぜか高い位置のカメラにトガリネズミが映ったり、ヤマネやヒメネズミが撮影されたりと見ていてワクワクする映像を取ることができた(上の動画は昨年度撮影されたトガリネズミの1種とモモンガだ)。来年度の6月まで雪の影響で回収に訪れることができないが、今冬の成果が今から楽しみだ。

 残念ながら田代湿原の調査も、いつまで継続できるかは不透明になっている。田代湿原周辺の環境に魅了される学生は多いが、安全性を十分確保しながら質の高いデータを取得できる人材は非常に限られているからだ。結局特定のごく少数の学生が、無理をしながら調査許可の取得や調査準備、フィールドワークをせざるをえない状況に陥っている。来年度以降は、学生たちの覚悟を見ながら調査体制を組んでいこうと思っている。
今年はナナカマドの実が大豊作だった.

2018年10月22日月曜日

現地調査報告(2018/10/18~10/21@水上,10/19 野外調査1日目)

 10/18から21まで,群馬県利根郡みなかみ町に調査に行ってきた.水上には,生物資源科学部の演習林がある.哺乳類の研究を行うには面積がかなり小さいが,調査機器設置の許可取得が容易なこと,付属の宿泊施設が近接しており比較的安価に滞在できることから,車で一時間ほどの距離にある武尊山周辺のブナ林と合わせて,日大に異動した2014年からメイン調査地の一つとして位置づけてきた.

水上演習林の林道.急峻な地形だが,林道はしっかりと整備・管理されている.

 今回の野外調査初日(10/19)は,演習林内に設置してある20台の自動撮影カメラのデータ回収と電池交換をおこなった.ついでに,これからの雪に備えて,カメラの位置を2~3mの位置に上げた.こうした作業が特段必要なのも,水上が日本海からの湿った空気が入り込んでくる影響で,日本有数の豪雪地帯だからだ.

演習林で作業中の学生.

 もっとも,水上でも降雪量が確実に低下してきている.年によっては,わざわざ樹に登ってまで位置を上げずとも,カメラにまで雪が達しないときもある.

 カメラを継続設置している一つの目的が,こうした変化が哺乳類相に及ぼす影響を検出することにある.これまでの約5年間での変化の一つは,どうやらイノシシの演習林近辺での定住化が進んでいるらしいことだ.イノシシは短足なので雪に弱い.移動性の高い彼らは,雪とともに低地へ立ち去ることが多いとされる.今回演習林を歩いてみても,イノシシが掘り返した後が目についた.イノシシの増加は,林床の環境にも大きな影響を与えそうだ.

 自動撮影カメラの継続設置は,環境の変化がもたらす野生動物への影響を時系列に明らかにするうえでは非常に有効な手段だと思う.ただし,継続設置するのは必ずしも容易ではない.演習林のカメラも時系列の解析のモデルデータとしようと考えていたが,5年間を一つの区切りとするのか,さらなる継続していくのかは,現在検討中だ.
演習林で最も標高の高い高平山山頂から.広葉が美しい.先に見えるのは,藤原ダム.




 

2018年10月9日火曜日

現地調査報告(2018/10/7~10/9@房総半島)

 昨年度から東大のM先生,国立環境研究所のYさんとともに,房総半島のシカ・イノシシの個体群管理に関する研究を始めている.房総ではこれとは別に兵庫県立大や東大が中心となって環境省のプロジェクト(推進費)も走っており,我々日大チームもこのプロジェクトにも協力している.

    10月7日から9日まで,2泊3日で推進費の方の現地調査に行ってきた.このプロジェクトの目的は,イノシシの個体数の変動をモニタリングできるように,有効な密度指数を確立することにある.「密度指数」とは,実際の動物の生息密度と相関する何らかの数値指標のことで,その動向をモニタリングすることで(容易には知りえない真の)生息密度の変動を間接的に把握できる値のことを言う.もちろん生息密度を直接推定できた方がいいに決まっているが,現実には労力的・精度的に大きな制約がある.その代替物として,密度指数をモニタリングしようというわけだ.

利用させてもらっている東大千葉演習林のログハウス。ここは文句なしの素晴らしい宿舎だ。
 
 しかしイノシシほどメジャーな動物でも,絶対密度推定法はおろか,何を密度指数としたらいいのかについて定まった見解があるわけではない.もう一つの主要な大型偶蹄目シカの場合,一定面積に落ちている糞粒(糞一粒一粒)や糞塊(一度にしたと思われる糞粒の塊)の数が有効な密度指数になることがある程度確かめられている.一方,イノシシの糞を野外で見かけることはめったになく(これはこれで不思議なことなのだが),見つかる糞の数は偶然によって大きく左右されてしまう.環境省のプロジェクトでは,イノシシにも有効な密度指数を見出して,今後のモニタリングに繋げようとしているのだ.

落ちていたカケスの羽。カメラ設置を始めると、森の落し物に目を向けている暇もなくなる…

 このプロジェクトにおける我々の役割は,他の調査がなされる場所に自動撮影カメラを設置すること.カメラデータをどのように利用するのかはプロジェクト進行中だから詳しく紹介するのはまたの機会にしよう.とにかく,我々の任務は定められた調査路(今回は7本)に,かなりの台数のカメラ(1調査路当たり15台)をひたすら設置・回収して回ることにある.

 今回の調査は「ひたすらカメラ設置」の回だった.この設置調査,結構肉体的にも精神的(こっちの方がよりコタエル)にもきついものがある.カメラを置くのは本当に「作業」だ.事前に決めた場所をGPSを使ってその通りに歩き,あらかじめ決めたやり方をミスなく正確に完遂していく.作業方法はこれまで散々検討してきたから,もはや工夫の余地はほとんど残されていない.何も考えず修行僧のように心を無心にして,目の前にある決められた業務を淡々とこなしていくしかない...

 昔,仲のいい研究者と,フィールドワークには「増やすための調査」と「減らすための調査」があると話したことがある.例えば,研究対象である何かを観察し,その対象についての知見を「増やしていく」.これが前者だ.そうではなくて,データを取得するためにどうしたらいいかがあらかじめ決められており,それに従って事前に計画した内容を着実に「減らしていく」ことがメインの調査もある.カメラの設置は,まさにこの後者に該当する.増やしていくための調査は,だんだん対象が分かってくる過程を体験することであり,それ自体が研究の醍醐味であるとさえいえる.しかし,後者は...,正直なところ,フィールドワーク自体に大きな楽しみを見出しにくいのだ(もちろんデータ取得後に楽しみが待っているともいえるけど).

 「増やすための調査」から「減らすための調査」への移行は,研究内容の洗練化に必然的に伴うものともいえるかもしれない.そういう意味で「減らすための作業」を実践できているということはある意味では望ましいことともいえるだろう.しかし・・・,私はアフリカ時代からカメラを置き続けている.設置点検した述べ台数は,万の単位になっている可能性もある.

 何を言いたいブログなのかが良く分からなくなってきたが,疲れて帰ってきて調査を振り返った時に一番に感じる本音「もうカメラの設置はしたくない」.いや,どうせまたするんだけどね...