すでにAmazonでも発売されている.
翻訳という作業は,いかに原著に忠実であるかが問われるので,訳者の意見を本に反映させることが出来ない.もちろん,明確なミスや誤認は著者に直接確認して訂正するが,もうちょっと微妙な解釈みたいなものは「訳者はおかしいと思うけど著者によれば…」とはできない.今回の翻訳でも,そうした点が出てきたので,この本に対する読者としての正直な感想をいくつか書いておきたい.
まずこの本の(日本の読者にとっての)良い点.カメラデータの解析について扱った和文は非常に限られていて,カメラが登場した初期の文献を除いてはほとんど皆無.この本は,代表的な解析手法である捕獲ー再捕獲法や占有モデルを一通り紹介してあるので,その点では便利だと思う.
一方で,カメラトラップの解析の発展中に編纂された本だけあって,著者によって推奨するフィールド手法(カメラ設置方法)や解析アプローチにばらつきがある.例えば,10章では現在でも十分に通用する空間明示型の捕獲再捕獲法について詳述されているが,それ以外の章では,有効サンプリングエリアの決め方について経験的な議論がなされるだけである.すなわち,本書は比較的古い本で,出版後に大きな解析的アプローチの発展があったことを頭に置いておく必要がある.
もう一つの問題は,執筆者の多くが統計屋ではなくフィールド屋なので,経験的にどういうサンプリング方法が良いかについては詳しく述べてあるが,モデルの前提と現実との乖離をどう埋めるのかについてはあまり議論がなされていない.例えば,捕獲ー再捕獲法も基本的に撮影される個体のランダムサンプリングを仮定しているが,この本の多くの章では,「対象動物が写りやすい場所に狙っておくべき」としか書いていない.トラなどの低密度種を対象にする場合,実際にはある程度やむを得ないことかもしれないが,こうした配置がもたらすバイアスについても,もう少し検討するべきだったように思う。
さらに,もう一つ.占有モデルについてももう少し違った形で扱ってほしかった.本書では,11章で「占有」という概念について紹介してあり,12章と13章で,検出率の種間差を考慮した生息種数の推定について扱っている.占有モデルは確かに種数の推定には有効な枠組みだと思うが,実際の適用例は,種数推定よりも「アバンダンスの代替物として占有を推定する」ことの方が多い.本書はせっかく占有モデルの導入に1章費やしているのに何故か代表的な使い方の実践例を含んでいないのだ.
「アバンダンスの代替物として占有を推定する」という大流行りのアプローチは,じつは結構問題が多い.もしかしたら,だからこそ本書で扱うのを避けたのかもしれないが,広く用いられているやり方だからこそ,その可能性と限界を詳しく扱ってほしかった.なお,占有モデルのカメラデータへの適用の問題点については,以下の文献を参照してほしい.
もちろん,完全な出版物などない.進展がある分野であればあるほど,時間とともに完全から遠ざかっていく.この本も,ある段階での到達点としてみれば,非常に多くを学べる本でもある.カメラトラップを使うすべての方に一読してほしい本である.
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