2018年9月15日土曜日

現地調査報告(2018/8/13~8/26@北海道八雲演習林)

 少し前のことになるが,8月13日から26日まで,北海道二海郡八雲町にある日大の演習林で調査を行ってきた.調査内容は,私が研究代表で受領している科研費のテーマだ. 

 このテーマ,もともとは卒論テーマとして,ある学生に与えたものだった.私が小さいころ崇拝していた写真家・宮崎学氏の写真集に触発されて,動物の死体が他生物によって利用されていく様に興味を持った.まさに「死」から「生」が生み出されるダイナミックな現象は,ナチュラルヒストリーとして興味深い.それだけでなく,生物間の種間相互作用を考える一つの系としても魅力的ではないかと考えたのだ. 

 実際に死体が利用・分解していく様子を観察してみると,そのあまりのグロテスクさに嫌気がさしてしまう.死体設置後には強烈な腐敗臭が漂い,目を(そして鼻も)そむけずにはいられない.これは決して比喩的な表現ではなく,死体にあまり顔を近づけると,発生したガスの影響で目がしばしばするのだ.しかし,日々の変化を追っていると,次第にその光景にも慣れてくる.そして,目の前で展開している活発な生物学的な現象に目を奪われることになる. 

 これまでの観察で学生ともどもいくつか面白い現象を発見しているが,その一つに「ウジが発する熱」がある.死体を設置するとすぐに多数のキンバエの仲間が卵を産みにやってくる.産み付けられた大量の卵は数日以内に孵化し,ウジがうごめき始める.ウジはどんどんと成長し,ウジ同士が集まって巨大な「ウジ玉」を形成する.この「ウジ玉」が非常に高い熱を発するのだ. 

 熱の存在に気付いたのは,このテーマで研究していた学生が毎日死体の重量を図るために,(もちろん手袋を付けて)死体の近くに手をやったところ熱気が伝わってきたことがきっかけだ.ウジが熱をもつこと自体は,比較的古くから知られた現象らしいが,自ら知らなかった現象に気づくのは観察の醍醐味だ. 

 今回の調査では,この熱を実際に測定してみた.デジタル温度計で毎日温度を測るのと同時に, FLIR社が発売しているサーモカメラ(携帯に接続して利用するタイプなので正式にはサーモレンズ)で視覚的に熱の変化が捉えられるようにした.実際に撮った画像が以下だ. 熱いところは暖色で,冷たいところは寒色で表現してある.アプリを使えば,それぞれの場所が何度だったかを教えてくれる.

サーモカメラの画像

 土壌と同じ温度だった死体が熱をもっている様子を明瞭に捉えることが出来る.これが,ウジの発する熱であることは,ウジ排除区の画像と比較すれば明らかだ.サーモカメラから分かるのはあくまで表面温度だが,デジタル式温度計の測定から,もっとも高い場所で50度弱にまで上昇していることが確かめられた.ちょっと普通には考えられない温度だろう.

 ウジが熱を発するのは何故か?これはちょっと真面目に検討する価値のある課題だろう.もしかしたら,死肉利用の競争相手である微生物に対する対抗手段なのかもしれない.また,ウジを食べに集まってくる昆虫たちをウジ玉に溺れさせ熱死させるのかもしれない.幸い微生物の専門家がこのプロジェクトには協力してくれている.室内実験を組み合わせながら,今後明らかに出来ればと思う. 

2018年9月14日金曜日

カメラトラップ本,翻訳出版

 ようやく,カメラトラップ本(Camera traps in Animal Ecology: Method and Analyses)の翻訳を出版することが出来た.タイトルは,「カメラトラップによる野生生物調査入門: 調査設計と統計解析」とした.表紙への写真は,共訳者の飯島さん提供のもの,裏表紙は私が提供したアフリカゾウ(森林棲のマルミミゾウ)のものだ.

 すでにAmazonでも発売されている.


 翻訳という作業は,いかに原著に忠実であるかが問われるので,訳者の意見を本に反映させることが出来ない.もちろん,明確なミスや誤認は著者に直接確認して訂正するが,もうちょっと微妙な解釈みたいなものは「訳者はおかしいと思うけど著者によれば…」とはできない.今回の翻訳でも,そうした点が出てきたので,この本に対する読者としての正直な感想をいくつか書いておきたい.

 まずこの本の(日本の読者にとっての)良い点.カメラデータの解析について扱った和文は非常に限られていて,カメラが登場した初期の文献を除いてはほとんど皆無.この本は,代表的な解析手法である捕獲ー再捕獲法や占有モデルを一通り紹介してあるので,その点では便利だと思う.

一方で,カメラトラップの解析の発展中に編纂された本だけあって,著者によって推奨するフィールド手法(カメラ設置方法)や解析アプローチにばらつきがある.例えば,10章では現在でも十分に通用する空間明示型の捕獲再捕獲法について詳述されているが,それ以外の章では,有効サンプリングエリアの決め方について経験的な議論がなされるだけである.すなわち,本書は比較的古い本で,出版後に大きな解析的アプローチの発展があったことを頭に置いておく必要がある.

 もう一つの問題は,執筆者の多くが統計屋ではなくフィールド屋なので,経験的にどういうサンプリング方法が良いかについては詳しく述べてあるが,モデルの前提と現実との乖離をどう埋めるのかについてはあまり議論がなされていない.例えば,捕獲ー再捕獲法も基本的に撮影される個体のランダムサンプリングを仮定しているが,この本の多くの章では,「対象動物が写りやすい場所に狙っておくべき」としか書いていない.トラなどの低密度種を対象にする場合,実際にはある程度やむを得ないことかもしれないが,こうした配置がもたらすバイアスについても,もう少し検討するべきだったように思う。

 さらに,もう一つ.占有モデルについてももう少し違った形で扱ってほしかった.本書では,11章で「占有」という概念について紹介してあり,12章と13章で,検出率の種間差を考慮した生息種数の推定について扱っている.占有モデルは確かに種数の推定には有効な枠組みだと思うが,実際の適用例は,種数推定よりも「アバンダンスの代替物として占有を推定する」ことの方が多い.本書はせっかく占有モデルの導入に1章費やしているのに何故か代表的な使い方の実践例を含んでいないのだ.

 「アバンダンスの代替物として占有を推定する」という大流行りのアプローチは,じつは結構問題が多い.もしかしたら,だからこそ本書で扱うのを避けたのかもしれないが,広く用いられているやり方だからこそ,その可能性と限界を詳しく扱ってほしかった.なお,占有モデルのカメラデータへの適用の問題点については,以下の文献を参照してほしい.

Efford MG and Dawson DK (2012) Occupancy in continuous habitat. Ecosphere 3: 1-15.

 もちろん,完全な出版物などない.進展がある分野であればあるほど,時間とともに完全から遠ざかっていく.この本も,ある段階での到達点としてみれば,非常に多くを学べる本でもある.カメラトラップを使うすべての方に一読してほしい本である.


日本哺乳類学会から奨励賞をいただきました。

日本哺乳類学会2018年度大会(2018/9/7~10@信州大学伊奈キャンパス)において,奨励賞を頂きました.これまで研究を支えてくださった多くの方々に感謝申し上げます.
受賞講演は結構緊張した...

実はこれまで日本哺乳類学会単独開催の大会では,たった1回しか発表したことがなかったので,受賞できるとは思っていませんでした.しかも,今回の受賞は自薦によるものです.何人かの先生方から推薦しようかとお声がけいただきましたが,あえてお願いしませんでした.哺乳類学会が懐の深さを見せてくれたことに感謝するとともに,今後もしがらみのない自由な世界を生きていきたいと思っています()

今回の受賞は,別の意味でも大きな喜びでした.私は,小さいころから写真家の宮崎学さんに強い影響を受けてきました.伊奈は,宮崎さんの出生の地であり活動の場でもあります.受賞後,個人的に宮崎さんの「ムササビ荘」に伺い(もちろん前々からアポを取ってです),小さいころから大切にしていた写真集にサインを頂きました.

頂いたサイン

庭先に置かれた巣箱から顔を出すムササビ@ムササビ荘

私はあくまで自由人でありたいですが,自分の研究を充実させることを通じて,哺乳類学会のためにも少しばかり寄与出来たらなと思っています.