少し前のことになるが,8月13日から26日まで,北海道二海郡八雲町にある日大の演習林で調査を行ってきた.調査内容は,私が研究代表で受領している科研費のテーマだ.
このテーマ,もともとは卒論テーマとして,ある学生に与えたものだった.私が小さいころ崇拝していた写真家・宮崎学氏の写真集に触発されて,動物の死体が他生物によって利用されていく様に興味を持った.まさに「死」から「生」が生み出されるダイナミックな現象は,ナチュラルヒストリーとして興味深い.それだけでなく,生物間の種間相互作用を考える一つの系としても魅力的ではないかと考えたのだ.
実際に死体が利用・分解していく様子を観察してみると,そのあまりのグロテスクさに嫌気がさしてしまう.死体設置後には強烈な腐敗臭が漂い,目を(そして鼻も)そむけずにはいられない.これは決して比喩的な表現ではなく,死体にあまり顔を近づけると,発生したガスの影響で目がしばしばするのだ.しかし,日々の変化を追っていると,次第にその光景にも慣れてくる.そして,目の前で展開している活発な生物学的な現象に目を奪われることになる.
これまでの観察で学生ともどもいくつか面白い現象を発見しているが,その一つに「ウジが発する熱」がある.死体を設置するとすぐに多数のキンバエの仲間が卵を産みにやってくる.産み付けられた大量の卵は数日以内に孵化し,ウジがうごめき始める.ウジはどんどんと成長し,ウジ同士が集まって巨大な「ウジ玉」を形成する.この「ウジ玉」が非常に高い熱を発するのだ.
熱の存在に気付いたのは,このテーマで研究していた学生が毎日死体の重量を図るために,(もちろん手袋を付けて)死体の近くに手をやったところ熱気が伝わってきたことがきっかけだ.ウジが熱をもつこと自体は,比較的古くから知られた現象らしいが,自ら知らなかった現象に気づくのは観察の醍醐味だ.
今回の調査では,この熱を実際に測定してみた.デジタル温度計で毎日温度を測るのと同時に, FLIR社が発売しているサーモカメラ(携帯に接続して利用するタイプなので正式にはサーモレンズ)で視覚的に熱の変化が捉えられるようにした.実際に撮った画像が以下だ. 熱いところは暖色で,冷たいところは寒色で表現してある.アプリを使えば,それぞれの場所が何度だったかを教えてくれる.
サーモカメラの画像
土壌と同じ温度だった死体が熱をもっている様子を明瞭に捉えることが出来る.これが,ウジの発する熱であることは,ウジ排除区の画像と比較すれば明らかだ.サーモカメラから分かるのはあくまで表面温度だが,デジタル式温度計の測定から,もっとも高い場所で50度弱にまで上昇していることが確かめられた.ちょっと普通には考えられない温度だろう.
ウジが熱を発するのは何故か?これはちょっと真面目に検討する価値のある課題だろう.もしかしたら,死肉利用の競争相手である微生物に対する対抗手段なのかもしれない.また,ウジを食べに集まってくる昆虫たちをウジ玉に溺れさせ熱死させるのかもしれない.幸い微生物の専門家がこのプロジェクトには協力してくれている.室内実験を組み合わせながら,今後明らかに出来ればと思う.