Scientific Reports誌に自動撮影カメラに関する論文を刊行しました.Open accessですので誰でもPDFをダウンロードすることができます.
以下,ごく簡単に論文の内容を紹介します.
自動撮影カメラを利用する際,誰もが疑問に思うのが,カメラはどれくらいちゃんと動物を検知し撮影してくれているのかということです.確かにSDカード内には動物の画像ファイルが保存されているのですが,動物はもっと頻繁にカメラの前を通っているのに,その一部しか撮影してくれていないのかもしれません.
撮影された画像の中には,何かに反応して撮影を開始しているのにもかかわらず,動物の姿がなかったり,動物がカメラの前から立ち去ろうとしている寸前で撮影が開始されていたりすることがあります.こういう画像を見ると,やはりカメラの性能が完ぺきではないらしいことに気づきます.
では,野外に設置したカメラはどれくらいの確率で動物を撮影してくれているのでしょうか?
この単純な問いに答えるための方法が,これまで確立されていませんでした.カメラの前を飼い犬や実験協力者に歩いてもらって,実験的に撮影確率を調べた研究はこれまでにも多数あります.研究室のY君の最初の論文も,そういう内容です.もちろん,この方法でもいいのですが,カメラが無事に撮影してくれる確率(以下,検出率と呼びます)は,通過した動物のサイズや速度,季節や地形によって影響を受けることが分かっており,やはり野外での研究対象動物における検出率を推定したくなります.
今回発表した論文では,実に単純な発想で,野外における検出率推定を可能にしました.通常,カメラは一カ所につき1台設置します.この研究では,まったく同じ範囲を撮影するように2台のカメラを設置し,それらの撮影記録の一致度合いから検出率を推定しています.もし性能が完璧なカメラであれば,2台のカメラの撮影記録は全く同じになるはずです.反対に,すごく性能が悪いと,撮影記録はバラバラになるはずです.
この方法で検出率を推定するためには,一つの前提が満たされなければいけません.それは,2台のカメラの撮影が独立であることです.例えば,カメラの検出率が,動物の移動速度に強く影響されるとすると、移動速度の速い動物が通過した場合には,どちらのカメラも撮影に失敗することが多くなりそうです.反対に動物の移動速度が遅い場合には,2台ともちゃんと撮影してくれそうです.もっとも極端な場合には,「撮影できる通過」と「撮影できない通過」に別れてしまっているかもしれません.この場合,2台のカメラの撮影記録は(取り漏らしがあるにもかかわらず)完ぺきに一致してしまい,検出は1に見えてしまいます.「独立である」ということは,こういうことが起こらないということを意味しています.
2台のカメラの撮影に相関がない(すなわち独立である)場合,検出率や真の通過回数の推定には,古典的な捕獲―再捕獲モデルを使うことができます.通常の個体数推定では,調査回ごとに各個体の捕獲の有無が記録されます.今の状況では,調査回がカメラの台数,各個体が動物の通過と読み替えることになります.今回の論文では,Royle and Converse (2012)が最初に定式化した「階層化された個体群用の捕獲-再捕獲モデル」を応用して,複数のカメラを設置した場合の,撮影枚数λと検出確率pの期待値を同時にベイズ推定することにしました.
では,先に述べた「独立性」の問題はどのように解決すればいいのでしょうか?今回の論文では,2つの方法を試しています.一つは,何とかモデルを改良して,相関のある検出に対応しようというものです.もう一つは,実際の検出にいたるプロセスをパソコン内でシミュレーションし,カメラをどのように設置すれば「独立」に近いデータが得られるかを検討することです.
色々試行錯誤した結果,モデルを改良することで,ある程度の相関には対応できるようになりました.具体的には,検出過程をベータ分布を用いてモデル化することで,相関が小さければバイアスのない推定値が得られるようになりました.さらに,カメラの設置方法について検討した結果,カメラを同じ木に設置するのではなく,別の角度から撮影範囲をモニタリングさせることで,相関を(改良モデルで対応可能なレベルまで)小さくできそうなことが分かりました(詳細は本文を読んでみてください).
正直なところ,検出の相関の問題は完全な解決が難しい(というか,そもそも無理)のが現状です(注1).検出率の推定に一地点に複数のカメラを置くというアイディア自体はガボン時代からあったものの(もう10年近く前),中々形にすることが出来ないものでした.発表しないまま消えていくのも癪だったので,まだ問題があることを自覚しながらも今回論文としてまとめました.
ちなみに今回,私がFirst authorの論文としては初めて,オープンアクセスのジャーナルに出しました.Scientific Reportsは泣く子も黙るNature系列ではあるのですが,正直なところ,論文の審査がいつになく優しく,ちょっと戸惑いもありました(査読者のコメント等は非常に建設的でよかったのですが).やっぱり「お金を払って論文を出してもらう」というシステムには若干違和感がありますね...まあ,それはともかく,自動撮影カメラを使っている人には,是非とも読んで批判をしてほしいなと思います.
注1,もちろん、検出率に影響与える要因をデータ化できるのであれば,共変量に組み込むことで問題は解決されます.例えば、移動速度が検出率に影響しているならば,動画内の動物の移動速度(もしくは滞在時間)を測定して、共編量に入れればいいだけです.ここで言っている解決が不可能と言うのは,データ化することが出来なかったり,検出率が未知の要因によって影響されているような場合です.このようなunmodelled heterogeneityがある場合は,モデルをいくら弄っても対処できる範囲は限られています.